街頭演説集

第159回 災害廃棄物処理計画

瓦礫と土砂の二次仮置場は被災直後から分別すべき!

Facebook 2018.10.5

 衣替えとなった去る10月2日は、159回目の街頭演説。テーマは災害廃棄物処理計画についてです。

 呉市は私の要請を受け去る9月28日、事実上の初開催となった呉市議会豪雨災害復旧・復興対策特別委員会で、呉市災害廃棄物等処理実行計画を公表しました。災害廃棄物処理計画は平成27年度改正施行された廃棄物処理清掃法(廃掃法)の規定に基づき、市町村に災害廃棄物処理計画を定めるよう求めています。
 ところが、この度7月に発生した西日本豪雨の時点で呉市は、災害廃棄物処理基本計画を策定しておらず、後手々々に回ってしまいました。実は上位計画に当たる広島県災害廃棄物処理計画が、法改正を受け平成29年度に策定されたため、呉市はそれとの整合性を図る意味で、平成30年度予算に災害廃棄物等処理基本計画策定業務を計上していたのです。
 ただ、広島県の計画に先駆けて同基本計画を策定していたのは、県内4自治体がありました。具体的には、東広島市、大竹市、廿日市市、府中町です。
 災害廃棄物等処理基本計画には、一次仮置場と二次仮置場を明示することが基本となり、その候補地を踏まえて、実際の災害規模や被災状況に応じて選定することとなり、その時に策定するのが災害廃棄物等処理実行計画です。つまり基本計画は、災害時における廃棄物処理の大枠を定め、実行計画は災害時毎に定める具体的内容を盛り込んだものとなります。従いまして、この度発表したのはあくまでも実行計画です。
 但し、基本計画策定の前段として呉市は、一次仮置き場や二次仮置き場の候補地を、既に内部で選定していたことで、この度は実行計画策定前に、スピーディーに対処することができました。
 一次仮置場としては16箇所です。それに加え、土石流に遭い多大な土砂が流入した天応地区のポートピアパーク、天応公園を含めたごみステーション各所です。16箇所の具体は、クリーンセンターくれ(一般廃棄物処理施設)、とエコ・グローブくれ(一般廃棄物最終処分場)を筆頭に、焼山公園、梅木町内広場、二川空き地、旧音戸公民館跡地、旧日附環境美化センター、川尻港桟橋前、安登公園駐車場、安浦産業団地等です。そのほか廃校後の跡地も含まれます。
 この度の豪雨災害では各地で土砂が崩落したことで、幹線道路が寸断されました。このこともあって、最寄りの一次仮置場の必要性は大いに高まった訳です。
 その後は二次仮置場に移転します。ここでは土砂と瓦礫を初めとした分別を試み、リサイクルに回せる物も摘出します。土砂は他の公共事業の埋立用に活用できますし、瓦礫は一旦破砕して、焼却処分となります。
 この二次仮置場として、広多賀谷多目的広場(元一般廃棄物最終処分場)と阿賀マリノポリスにおける未処分地が指定されました。

 一方、被災した家屋から排出される瓦礫や民地内に流入した土砂は、一旦地域毎に自治会長を中心に集積場所を決めました。これを実行計画では、住民用仮置場と定義しました。交通事情の回復後は広多賀谷多目的広場に搬入されました。まだ所々残っていますが、衛生上の観点から、来月11月末までに全て撤去し、二次仮置場に移転するとしています。
 実は、被災直後からしばらく二次仮置場は、広多賀谷多目的広場だけだったのです。ここには各家庭が委託した業者のトラックが搬入したり、自家用トラックで被災された市民自らが瓦礫や土砂を運び込みました。
 ということは、瓦礫と土砂は全て、広多賀谷多目的広場に集結したことになります。その後広島市の出島沖埋立事業に土砂を受け入れてもらうことが決定し、8月中旬から、被災した呉市公共インフラである道路や河川等から生じる公共土砂は、阿賀マリノポリスに搬入されることになったのです。阿賀マリノからは海路で出島に搬出できるため、大きなメリットが生じるためです。
 その後呉市は、民間から搬入される土砂も阿賀マリノで受け入れられるよう方針を変更し、隣接の分譲済み用地に粉塵等の被害が及ばないように、囲いを構築しました。それを受け去る10月1日から、民間搬入土砂も阿賀マリノを指定したのです。つまりこの日からは民間として、瓦礫と土砂を予め分別し、前者が広多賀谷、後者は鴉賀マリノという風に別々に搬入することになったのです。
  ところで、県が管理道路や管理河川から生じた土砂を受け入れる施設としては、これらとは別個に、天応ポートピア駐車場と天応公園を指定し、無償貸与しています。

 問題は、二次仮置場たる広多賀谷から同じ二次仮置場たる阿賀マリノへの再移転をすることになったことです。これでは二次仮置場の意義が薄れてしまいます。更に税金の二重投資のそしりを免れません。ということは、当初から瓦礫は広多賀谷、土砂は阿賀マリノというように最初から分別搬入すべきだったというのが私の主張です。
 呉市は、

  1. 当初は出島で土砂を受け入れることが決まっていなかった
  2. 仮囲いを構築するのに時間を要した

と弁明しますが、私からすれば理由になっていません。
 もし、出島の受入が決まらず、船での輸送が採用されなかったとしても、阿賀マリノで対応することに全く問題はありません。土砂は公共事業に活用できますから、要は瓦礫と土砂を分別することが重要なポイントなのです。これに海上輸送が採用されれば、阿賀マリノには桟橋がありますから、則活用できます。瓦礫は破砕処理をして焼却処分に回す際は、広多賀谷多目的広場の隣にクリーンセンターくれがあり、破砕処理と焼却処分ができる訳です。
 ましてや、住民用仮置場に集積された災害廃棄物は殆どが瓦礫ですから、呉市が広多賀谷に移転搬入すればいいのです。各家庭から自身で運搬される場合は、最初から分別して、2箇所に搬入させ、土砂混じり瓦礫のような混合物は土砂の混入率によって、基本的には広多賀谷でしょう。
 また、仮囲いを同時並行して建設すれば、最初から土砂を阿賀マリノに搬入することは十分可能でした。実際、この度も仮囲い建設期間に、公共による災害土砂を既に阿賀マリノに受け入れていたのです。
 更に、今年度中策定予定の災害廃棄物処理基本計画は、実行計画の後に策定することとなり、完全に順序が逆になった訳です。因みに、呉市内全ての災害廃棄物は、平成31年12月末までに処理を終えるとしています。
 結論として、もし譲って基本計画と実行計画策定の手順前後を甘受したとしても、二次仮置場における瓦礫と土砂において、当初から分別処理をしておくべきだった、というのが私の考えです。

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