街頭演説集

第344回 フリースクールの在り方以前に公共の奴隷教育を見直せ!

2023.10.16

 昨日10月30日は344回目の街頭演説。フリースクールの在り方以前に公共の奴隷教育を見直せ!。

 一昨日10月30日は、344回目の街頭演説。テーマは、フリースクールの在り方についてです。

 文科省は去る3月31日、新不登校対策「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策「COCOLOプラン」を取りまとめました。それを受け10月17日、同省は教育機会確保法の周知に関し、全国都道府県教育委員会等に通知を出しました。

 同日、滋賀県では知事を含め県内全首長を集めた上で、不登校対策を議論したところです。その席上、小椋正清東近江市長が「不登校は親の責任」と発言し、

>これが全国的波紋を呼び、10月24日の東近江市議会では、議員から批判的質疑がなされ、ついに謝罪会見に追い込まれたのです。

 但し、これはメディアの切り取り報道であり、憲法26条の教育権の保障では、児童生徒に教育を受けさせる義務を保護者に課しており、至極当然の発言だったのです。

 発言の要旨は、公教育がある中で、安易に民間経営のフリースクールに対し、各自治体が助成することに疑問を呈したものでした。これが行き過ぎると、公教育の役割の根幹が崩壊するというのです。ですから安易にフリースクールに助成するものではないとの主張でした。

 この発言により、結果的に傷ついた保護者や児童生徒に対しては謝罪をしたものの、自身の考えは、政治家としての信念に基づき、撤回しなかったのです。

 実際、国は未だフリースクールへの公的補助はおろか、公設である教育支援センター(旧「適応指導教室」)の運営に対してすら、公的補助は行って来ませんでした。この教育支援センターは、不登校児童生徒に学校以外の学びの場を提供し、いつでも好きな時に通学できる緩やかなシステムでの公共施設となっています。校長のOB等が運営・教育に当たり、各自治体が単独で予算化しています。

 フリースクールへ通う生徒への取材では、不登校になっている自己の問題は「親の責任にして欲しくない」との声が上がっています。

 

尚、フリースクールへの単市補助について、滋賀県内に例を取りますと、米原市が一人当たり月額マックス4万円の授業料補助。彦根市は同3万円でした。他県では鎌倉市は同1万円となっています。マックスというのは家庭の所得や授業料によって段階を設けているものです。つまり、各自治体で助成額に差があるのです。

 東近江市は、市長の考えもあって助成制度はなく、我が呉市も、適応指導教室はあっても、フリースクールへの助成制度はありません。教育の公平性から言うと、国が制度化していない限りは、自治体の判断となり、格差が生じることは否めません。

 また小椋市長は、フリースクールにおいて、「児童生徒が遊んでいる」と言及したため、これが反感を買ったものと推察されます。しかも記者による「フリースクールを視察したことがあるか?」との質問に対し、「ありません」と回答したものですから、余計批判の的となったことは否めません。

やはり、自身が足を運んでフリースクールの実態を目で見た上でないと、発言に説得力がない訳です。

 一方、フリースクールに通学する児童生徒数は、コロナ禍に突入してにわかに増えているようです。

その理由は、学校における過度な感染症対策、特にマスクの事実上の強要がありました。

 茨城県鉾田市立鉾田南小学校では、2021年2月から2022年11月まで、実に1年9ヶ月に亘って、小学1年と4年生の兄弟が、ノーマスクを理由に登校を拒否された悲劇がありました。

 鉾田市教育委員会や茨城県教育委員会は、保護者からの相談当初は、「ノーマスクを理由に登校を拒否することはできない」と回答しました。ところが、いずれも後になって、「ノーマスクでの登校は困難」と翻り、校長を擁護する姿勢に転じたのです。文科省は、マスク着用を推奨してはいたものの、これは強制力を伴わないお願いレベルにしか過ぎなかったのです。

 そこで、私が提唱する方程式「ノーマスク学校生活宣言」を、ノーマスクサポーター同席の下、市教委に提出。同時にこれまでの経緯を書き記した抗議書を手渡しました。すると、教育委員会課長は、「これまでもノーマスク故に登校を拒否したことはない」と、責任回避に終始したのでした。

 後日、教育委員会や市議会議員同席の下、校長に宣言書を提出。教育委員会がひっくり返ったことで、さすがに校長は、「ノーマスクでの登校を認める」と言わざるを得なかったのです。認めるも何も、校長や教育委員会に、ノーマスクを理由に登校を許可するしないの権限は、最初から付与されてはいなかったのです。

 それを受け、晴れて冬休み前に数日間兄弟は登校しました。しかしながら、その間にも、体育の授業であっても、全員児童がマスクを着用していたのです。これを見て、母親は幻滅。ノーマスクで我が子がこの輪の中に入れば、同級生等からの苛めを受けるのは必定ですし、このような教育者の下で教育を受けさせることに意義がないとして、フリースクールを選択したのです。

 そもそも文科省発出の衛生管理マニュアルには、「体育を除きマスク着用を推奨」の旨が書かれており、体育の授業でマスクをさせるのは危険この上もありません。2021年⒉月に高槻市立小学校における体育の授業で、マスク着用の5年生児童が死亡するという悲しい事故があったことを、決して忘れてはなりません。

 ところが校長は、我が校においては、「体育の授業はマスクを外させている」と、当時強弁していたのですから驚きです。保身に走っていると言われても仕方ないでしょう。

 兄弟は、遠方のフリースクールへ母親が車で送迎していますが、通学児童は皆ノーマスクだそうです。

 結局、フリースクールの在り方を検討する以前に、公教育の在り方を糺さなければ、不登校問題は解決しません。公教育は、イエスマンを育てる場であり、奴隷教育です。

 マスクや黙食等を事実上強制し、従わねば指導するという、個性や能力を潰すことを平然と行っていることが、コロナ禍で明白になったと言えましょう。

第344回 フリースクールの在り方以前に公共の奴隷教育を見直せ!(2023.10.30)

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