街頭演説集

第208回 災害避難所

 昨日は208回目の街頭演説。テーマは、災害避難所についてです。

 呉市は昨年7月の豪雨災害を受け、多くの方が呉市が指定した避難所に避難しました。近年は、平成26年の広島安佐北・安佐南区の集中豪雨を初め、先般の台風19号による中部・関東・東北への広域に及ぶ豪雨など、短期間での多量な降雨による災害が後を断ちません。
 特に逃げ遅れると、地盤が緩むことによって起こる土石流や斜面地崩落に伴う土砂災害、河川氾濫やダム緊急放流による河川決壊、広範囲な浸水など、脱出が遅れると生命の危険にさらされる訳です。

 そこで呉市では、大雨等気象情報で予測可能なケースでは、5段階に危険度をランク分けし、早期の避難を促しています。
 その中で、レベル3の「避難準備・高齢者等避難開始」発令では、第1次的に避難所を57カ所開設します。レベル4の「避難勧告」や「避難指示」発令になると、第2次的に開設避難所を22カ所追加することにしていました。
 即ち第1段階では、「準福祉避難所」に加え、原則「拠点避難所」を開設します。第2段階では、原則「準拠点避難所」を開設するとしていました。
 ここでいう拠点避難所は主に小学校を、準拠点避難所は主に中学校を指定しています。ということはレベル3における避難発令では、中学校は開設されません。市民からは近くに中学校があるのに、何故遠方の小学校だけ開設するのか、近場にあった方が危険リスクを回避し易いので、中学校も第1段階で開設して欲しいとの要望が出されていました。
 実は何故、拠点避難所と準拠点避難所を分けて指定しているのかと申しますと、担当職員を個々に配置するのに、人材が不足しているからなのです。実際拠点、準拠点両避難所共に、近場に居住する担当職員を4名ずつ配置し、その内2名に鍵を自宅管理してもらっています。その配置体制を満たすため、拠点避難所を開設後に準拠点避難所を兼務している担当職員が追加で開設することにしていました。
 また、第1段階で準拠点避難所を、第2段階で近隣の拠点避難所を開設するという逆転開設する地区もあり、市民にとっては非常に分かり難くなっています。例えば畑地区では第1段階で準拠点避難所である畑老人集会所、第2段階で拠点避難所である東畑中学校を開設する順番になっています。これは東畑中学校が高台にあるため、高齢者が避難し難い事情から、より低地部にある畑老人集会所を第1段階の避難先に指定しているのです。

 このような体制下で、最近のレベル3発令の際、市民が近場の中学校に避難して来られ、その時そこが閉鎖されたままだったことで、市民間に不満と混乱が生じたのです。
 これを受け呉市では、今年6月から、第1段階と第2段階を分けるのを廃止し、レベル3発令で全ての拠点、準拠点、準福祉避難所を開設することにしました。準福祉避難所というのは、各まちづくりセンターのことです。ここは、各小中学校体育館と比べ、冷暖房が完備しているので、体の不自由な高齢者や障害者向けという位置づけなので、以前から第1段階で開設しているのです。
 つまり、市民から見た場合、拠点避難所、準拠点避難所、準福祉避難所という分け方は意味をなさない訳です。しかも準福祉避難所というのは更に分かり辛い。「準」があるなら、それが付いていない「福祉避難所」もある訳で、これは社会福祉法人立の老人ホームや介護老人保健施設等、呉市と災害協定を締結している民間福祉施設のことです。これらは、準福祉避難所では対応仕切れない高齢者や障害者を受け入れが必要になった段階で初めて開設されます。
 ということは、準福祉避難所が第1段階、福祉避難所は第2段階での開設と順序が逆になっており、非常に解り辛い訳です。
  実は、このこような避難所のネーミングには法的根拠はなく、各市町村でそれぞれ呼び方が異なることがこの度判明しました。
 また、この度の第1段階、2段階の統合開設において、職員配置体制に変わりはなく、あくまでも、4名の配置職員が近場の拠点、準拠点避難所を同時開設するということです。、そして、これに併せて利用実績のない倉橋小・中学校(倉橋学園)を指定から外し、レベル3発令段階で一気に78施設を開設することになります。
 ところが、レベル3発令でこれら避難所を一斉開設するとの方針転換は、議会にも報告されておらず、ましてや市民にも広報されていません。市民は、自助の精神で、地域の自主防災組織を中心に、普段どこに逃げたらよいのか防災訓練を行ったりしており、このことが知らされていなかったことは大きな落ち度です。早急にきちっと広報するべきでしょう。
 更に、この中には準福祉避難所、拠点避難所、準拠点避難所が混在しており、私はこの機会に、これら全てを拠点避難所として指定するよう要請したところです。

 一方、呉市の指定避難所には、これらとは別に「地域避難所」があります。これは、地域住民が主体となって自主的に開設する施設で、老人集会所、コミュニティー施設、自治会館、神社仏閣等があります。これらには公設、民設が混在しています。
 例えば豊町の沖友地区は、拠点避難所たる豊小学校、準福祉避難所である豊まちづくりセンターからかけ離れており、しかもこれらに至る県道そのものが被災すれば、たちまち通行止めとなるばかりか、道路が崩落しなくとも、車両を有していない住民は遠方である拠点避難所まで逃げることができません。つまり、集落毎孤立する危険性が高い訳です。 そこで地元の代表が公共施設である沖友コミュニティセンターの鍵を保管し、警報が発令される度に、そこを開設しているのです。
 但し災害の種類にも多々あり、どのような災害に避難所として適しているか、素人ではにわかに判断できません。そこで呉市は、全指定避難所に対し、「避難所標識」を設置しました。これは地震、津波、台風、豪雨、土砂災害、浸水等、それぞれに対して、適しているか否かを「○」「×」で表記したものです。地域代表が判断を正確にするための指標で、地域避難所として指定した呉市の責務の一つと言えましょう。
 では、予期せぬ自然事象により、地域の自主的な避難所への誘導が仇となって、結果的に人的被害を被った場合はどうなるのでしょうか?呉市としては、地域代表の責任は問われないとの見解でした。ところが去る10月10日、東日本大震災に伴う津波により84名の石巻市立大川小学校の児童・教諭が亡くなったことの訴訟で、最高裁判決が市と県の責任を認め、14億3,600万円の損害賠償が確定しました。行政が身の安全を確保するための危機管理マニュアルの策定義務を怠った過失が指摘されたのです。
 となりますと、今後地域避難所を開設後に、各住民代表者が最寄りの市民センターに開設を事後報告するだけでは、万一の場合、行政の責任が問われる可能性が出て来たのです。 私は去る8月、地域避難所の考え方を整理するよう、当局に申し入れていました。これを受け呉市は、地域避難所の実態調査に着手し、新たに16カ所を追加指定しました。今年度中に「地域避難所運営マニュアル」を整備する方針を打ち出したところで、最高裁判決はそれに追い打ちをかけるものとなりました。
 私は、このマニュアルが策定された後、防災リーダー研修においてもその概要を説明するよう、当局に要請したところです。

タイトルとURLをコピーしました